アルピニスト野口健  インタビュー

Noguchi_interview


 25歳で七大陸最高峰世界最年少登頂記録を樹立した、アルピニストの野口健さん。華々しい経歴とは裏腹に、意外にも山に登り始めたのは、高校時代の停学がきっかけなのだという。
「はい、不良なんです(笑)。停学中に、放浪してまして。その時に偶然、植村直己さんの本を読んで、感銘を受けたのがきっかけ。ですから、落ちこぼれてエベレスト、なんです」
 ところが、1997年に初めて登ったエベレストで野口さんの目に映ったのは、ごみの山。その多くが、日本のごみだったのだそう。
「エベレストは世界中から人が集まってくるんで、かなりのゴミが出るんですよ。登って降りるのに2カ月かかるので、食料、燃料、薬から、ゴミじゃないけど、亡くなった方の遺体ですよね。僕らはそれも回収しなきゃいけない。当時で1000人登っていますけど、300人近くの方が亡くなってますから、至るところに遺体があるんですよ。清掃隊は結構しんどかったですね。
 エベレストで面白かったのは、ゴミを拾うときに周りをみると、捨てる隊と捨てない隊にわかれてくるんです。主に捨てる隊は、日中韓インド。要するに、アジア組が多いんです。で、キレイに持って帰るのは、ドイツ、デンマーク、スイス、ノルウェー、ニュージーランド。それを見ていると、個々の登山家うんぬんじゃなくて、国民性なのかもしれない、と思い始めたんですね」
 これはある意味、日本の縮図かもしれない、と危機感を感じた野口さんは、エベレスト、そして富士山の清掃をスタート。現場の声をひとりでも多くの人に届けようと、全国を飛び回り、さらに「野口健・環境学校」も開校。日本の国立公園や、環境保護とエコツーリズムのあり方などについて、政治・行政サイドから意見を求められる立場でもある。
「国立公園の考え方を変えなきゃいけないと思っていて。日本は、国民が誰でも自由に行けるという考え方があるんですよ。アメリカの場合は、国が責任を持って管理しなきゃいけないのが、国立公園なんです。日本は自由に使ってきて、この結果ですからね。やはり、ある程度ルールが必要だと思います」
 そんな野口さんが今力を注いでいるのが、レンジャー制度だ。昨年の東京都レンジャー発足に続き、昨年には山梨県も賛同し、富士山レンジャーが始動。地方自治体によるレンジャー制度の発足に、期待を寄せる。
「レンジャーというのは、もともとは環境省の役人、いわゆる自然保護官ですね。それが当時は230人くらいしかいなかったんです。アメリカは9000人くらいって聞いたかな? 日本は人数が少ないから、主な活動は、許認可活動。国立公園の中では建物一個を立てるのにも許認可が必要なんです。そのための手続きに忙殺されるわけですよ。国立公園でも、自然の“おまわりさん”みたいな人が現場に全然いない。たとえばアメリカの国立公園だったら、レンジャーはパトロールして回って、遭難してもレスキューするし、植物や土壌調査、エコツーリズムなどなど、それぞれに対する専門家がいる。それから、環境教育をレンジャーが教えてくれるんです。学校の先生は、子どもたちにどう教えたらいいのかをレンジャーから学んで、先生が学校に行って子供たちに教える。素晴らしいことだけれど、それが普通だとも思うんです」
 思ったことは、すぐ実行。常に現場に赴き、相手が誰であろうと、臆することなく直訴。その行動力と熱い想いは、多くの人の心を動かし、着実に実を結びつつある。
「環境省とか国にすべての責任を押し付けるのは、間違いだと思うんです。そもそも環境省は、これだけエコ、エコと言ってるのに、省の中で一番予算が少ないですし。やっぱり、自分たちの自然を自分たちが守ることが先。これからは、地方自治体によるレンジャー制度の普及に力を入れていきたいですね」